orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

ある小売業に起こったシステム障害を通じてデジタルトランスフォーメーションに潜むリスクを感じた日

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ある小売業に起こったシステム障害の話

今日(2019/1/10)、ある小売業A社のシステムに障害が発生し、店舗の開店時間が遅れるというニュースがありました。その企業はIT業界では、先進的で有名だったのですが、昨今の状況をふまえると考えさせられるものがあったのでまとめておきます。企業名や個人名を明記するのは今回の主旨に沿いませんので伏せておきたいと思います(調べればわかるとは思いますが)。

 

経緯

もともと、今回のA社はごく一般的な小売業だったのですが、ある大手SIerから転職された方が大規模な社内改革を実施しました。単に情報システム部門だけではなく、流通や通販の分野まで手掛けて、今流行しているデジタルトランスフォーメーション(DX)を成し遂げその実績は業界にとどろきました。各種ベンダーに任せていたIT関連の仕事を社内情シス部門に全て巻き取ったうえで、基幹業務自体も内製化前提でデジタル化していきました。情報システム部門はシステム子会社として独立もしましたし、順風満帆に見えました。

しかし一方で、その方は去年の秋に(私的には)電撃的にあるメガベンチャーB社のCTOに移籍されました。気になったのはそのことより、今回のA社は彼が成し遂げたデジタルトランスフォーメーションを継続し安定的に運用できるのかでした。あまりにも過去の一連の実績であったりそのアウトプットが洗練され先進的であるように見えたため、逆に他の人がきちんと引き継げるのかが心配でした。トップが優れていてトップダウンの力が強ければ強いほど、抜けた時のリカバリーするためのエネルギーも相当に強くなければいけません。その道筋が見えたのかどうかはわからないのですが、何しろどうなっていくのか心配でした。

そこから3か月半経過し今回のニュースです。体制変更と今回の障害を関係づけるのは酷ですが、事実として現象は発生しています。

 

リスクの顕在化

デジタルトランスフォーメーション自体は、現在どの企業も課題としていて、ユニクロを運営するファーストリテイリング社も大きく進めていることがニュースになっていました。

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この件、前章の経緯の部分と一致していますよね。どの企業も内製化したうえで、業務を著しくデジタル化し、デジタル戦略そのものを自社の基幹業務と結びつけることを狙っているのです。これまでのシステム化は、基幹業務を要件定義しシステム化したり、一部の派生業務をシステム化することが目的でした。その結果システムが乱立し、かつマルチベンダー化し収拾がつかなくなり、情シスはベンダーの言いなりになったうえで保守料だけでIT予算の大部分が埋められてしまう。こうした状況を打破するための活動がデジタルトランスフォーメーションです。内製化し、ユーザー自身がテック企業となることをビジョンにしています。ですからA社に問題があったとは全く思いません。

このデジタルトランスフォーメーション。いいことだらけに見えるのですが、内製化の最もリスクがある部分が、属人化です。彼にしかわからない、全体を見られるのは彼しかいない、彼が作り上げた。そして彼がいなくなったときにリスクが顕在化します。これはベンダー任せの時と何が違うのでしょう。ベンダーは、「人が変わっても構成資料を最新化し第三者が読んでも理解可能なようにしておく」、これを構成管理と言いますがこの基本ができています。かつ理解をすることができる技術者を常に抱えています。ベンダー任せにするメリットはここです。ベンダーの中の人が転職等で人が入れ替わったとしても、一定の品質を保つことができる。その代わりに保守料を頂くのです。ところが、内製化の場合は、構成管理が正しくできているか、また、構成資料をきちんと理解できる人材がいるかというのが流動的なのがリスクです。もちろん保たれているかもしれませんが、保たれないかもしれません。しかも、いなくなってみないとわからないという危うさがあります。

ですから、デジタルトランスフォーメーションを進めようとする企業は、知っておくべきです。おそらく今の情シスの人間だけでは人数が足りません。その倍は少なくとも必要です。稼働が無くてもです。そして教育を常に実施しなければいけません。社内に業務が無ければ外の企業の仕事も請け負ってでも経験しないと人が育ちません。大企業がそれでもデジタルトランスフォーメーションにトライするのは、人材がいるからなのです。中小企業が流行に乗って飛び乗ると、人材が流出した後システムだけが残り、しかも基幹業務にまで入り込んでしまい、内製化した運用保守業務が万が一おろそかになったときに会社の基幹業務ごと深刻な影響を受けることにつながりかねません。

情シス子会社が結局はベンダーコントロールしかしない、というのはここ十数年よく聞く話なのですが、逆に全部内製化したときにもリスクがあることを強調しておきたいと思います。

 

データとプロセスの話

この話には、一つ付け加えたいもう一つの話があります。

いろんな企業はデータを入手し、それを計算して、結果を出して価値を作り、対価を頂くことを行っています。例えばメガネ屋さんであれば、メガネを買いたい人のデータを頂いてそのデータをもとに、原材料からメガネを作り、それを渡すことでお金を頂きます。もちろん原材料は他の企業から仕入れるでしょうから、ここでもデータと計算があります。計算することをプロセスとITの世界では呼びます。データだけでは価値はなく、プロセスだけでも価値はなく。データとプロセスが有機的に結びつくことで価値が生まれていきます。

データが生まれた時はデジタルであるかどうかは関係ありません。生身の人間の視力はデジタルではないですが、オンラインゲームの見た目はデジタルです。企業活動はデジタルデータではない面は多く存在します。例えば在庫情報はすでにデジタルかもしれませんが、それを手に取ってお客様にお渡しするときはアナログだったりします。デジタルとアナログが絡み合って企業活動は成り立っています。

無論、田舎の雑貨屋さんを営むおばあちゃんはノートに帳簿をつけて現金で商品を仕入れてお客さんに売っているかもしれません。これは完全アナログですね。データとプロセスはそれぞれ必ずしもデジタルではありません。

これらをできるだけデジタル化していき、今のデジタルの世界の革新(AIやIoT、ビッグデータなど)と結び付けていこうというのがデジタルトランスフォーメーションなのですが、結局、経営者が、コンピュータの詳しい人に「やれ」っていってもどうにもならないのがわかりますか?

全体のプロセスを一番知っているのが社長であるはずです。データを一番知っているのは実は現場のスタッフかもしれません。データも、プロセスも全部デジタル化するということは、業務に精通しないと成り立ちません。日本の情シスは、業務部門からは独立しているので、絶対的に不利なのです。情シス、と言った時点で事業部門からは切り離されてしまっています。雑貨屋さんの例で言えばおばあちゃんがデジタルを知り、データをデジタルに置き換え、プロセスもデジタル化していかなければいけないのです。

日本において、デジタルトランスフォーメーションをそのように理解している経営者はきっとまだ少ないです。社内の体制を変えないまま、ベンダーから提案を受けているうちは、新しいシステムを入れ替えるためのバズワードにしかなりません。むしろSIer一つを買収しシステム子会社化するぐらいでないと意味をなさないと思います。

そこまでの覚悟がないのなら、むしろアナログのままのほうが、まだ安全だと個人的に思います。アナログってわかりやすくないですか?。生産性には限界がありますが、その手触りに愛着がありプロダクトを守っている人だっていらっしゃいます。なんでもかんでもデジタル化、それは画期的ですが達成したら誰が面倒見るの・・というのが運用をやっている人間としてはとても気になるのです。