orangeitems’s diary

クラウドで働くエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

下積みマスト先輩世代の言い分を、下積みマスト先輩が語る

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40代の私の20代の思い出

私は40代ですが、確かに新人の時に何かを懇切丁寧に教えてもらったことなんて皆無でしたね。いきなり現場に配属。OJT(オンジョブトレーニング)なのですが、先輩は教えてくれない・・というより、先輩自体の出来が悪い。多分にSES契約で、常駐先の社員や資料などを見ながら体当たりで仕事をして覚えていく、というスタイルだったことを思い出します。

 

www.businessinsider.jp

超少子高齢社会の日本では、職場から社会から20代が減っている。

1990年には4割だった日本の30歳未満人口は、現在3割を切っている。職場でも「希少な若手」な存在ゆえ、辞めてもらっては困る。とはいえ「上の言うことは絶対」教育を受けた世代から見ると、厳しい上下関係やしっ責を嫌う20代の扱いは、時に悩みの種。

「理不尽な指示は従えない」という若手に対し、いくら若手不足とはいえ「20代の主張をいちいち聞いていてはまるで過保護な(中国の)一人っ子政策だ」という先輩世代の声も。現代の理想の若手育成とは。

 

この記事にあるように、40代と20代の感覚はもはや異国の民族並みに違います。40代の下積みマスト先輩世代の私が、若手を語ります。

 

今の20代と40代がわかりえないワケ

昔の先輩方が教えてくれなかったワケは、昔の先輩が不勉強だったわけではなく、業界自体が新しくて手探り状態だったからだと思います。20年前はちょうどインターネットが流行し始めた時期でECサイトすらまだちらほらしかありませんでした。まだクライアント・サーバーと呼ばれていたアーキテクチャーが主流でした。また、Microsoft ACCESSでデータベースを作ってVBAでプログラミングするなどスタンドアローンの仕事もありました。

そこから20年、まずはADSLの定額制インターネットがブロードバンドを連れてきました。そこからWEBが爆発的に普及しました。モバイルではガラケーによるWEBの後はスマートフォンが待っていて、そこにLTE通信や光通信がやってきてスマートフォンとアプリの時代もやってきました。

今生き残っている40代は、そのストーリーを20年かけて諸々体験してきているのです。一方で若手は、これから勉強し経験していく必要があります。40代は思うのです。なんでそんなことも知らないのか、なのに一人前の口を聞くな、と。でも、40代の人は20年かけて今の知識を得てきたことを認識すべきです。20年の経験を、若手が急に得ることは無理です。40代はそのことを把握した後、「どうすれば一人前にできる?」と軽い絶望を感じるのが常ではないでしょうか。

そこで「その仕事、意味あるんですか?」と、シングルタスクにフォーカスして質問されても、実際はたくさんの仕事の中の一つであり全て経験しないとわからないのだよ、と説明したくても、たくさんの仕事とは何かすら自分自身の中で把握できていません。いろいろ経験すればわかるよ。これって、記事中の「背中を見て覚えろ」という言葉につながるのです。私も20代の若手の教育を経験して、同じ感覚を覚えた人間の一人です。

教えることは20年間の経験にあって、それを短時間で何を先に教えればいいか判断がつきません。できることは自分が知っていることを、必要となった時点でやって見せて、背中で見せること。見せることに意味があるから、若手には一生懸命見てほしいし把握してほしい。わからないことがあればその場で聴いてほしい。はい、って言いながらわかってないなんて許せない。そう思っているのですが。若手にはその必要性から伝えてやらないと、学習してくれないという理屈となります。

40代は、教えることが多すぎて体系的に教えられない。20代は体系的に最短距離で教えてほしい。これがわかりあえないワケだと思います。

 

20代は生産性至上主義の集まり

ゆとり世代という言葉は語弊を産むので嫌いですが、少なくとも何でもかんでも詰め込む教育は悪で、効率よく学習し余った時間でクリエーティブな活動をしようとすることが善だった時代を生きてきた人たちだと思います。

ですから、現場の業務にしても、若手自身に対して非生産的なタスクが降ってくるのは耐えられないでしょう。一方で、俺の背中を見ろ、全部頭に叩き込め、という怖い先輩社員は本当に信じていいかわかりません。指示されたことを、一つ一つクリアしていけばほぼ自動的に、スキルがついて一人前になれるのではないか。しかし現場では思いついたように先輩から呼ばれ、仕事をするから後ろで見てなさいと言われるし、理解できないと怒られる。また、理解できたふりをしても怒られる。また、別の仕事をしていても、前見せてもらったことが理解できていないことがわかると怒られる。

いわゆる徒弟制度に近いこの教育方法が、これまで受けてきた教育と乖離があるということと理解しています。

この徒弟制度ですが、辞書的な意味は以下の通りだそうです。

 

kotobank.jp

中世ヨーロッパの都市におけるギルドの内部で,後継者の養成と技術的訓練を行うために,また同時に職業的利益を守るために存在した制度。親方-職人-徒弟という身分秩序を構成し,徒弟になる年齢は 10~16歳で,期間はおよそ2~8年程度であった。親方の家で寝食をともにし,技術を修め,さらに3年間ほど職人として働いたのち,「親方作品」を提出して試験に合格すれば独立の親方となることができた。しかし,中世末期になると親方になれない職人がふえて,彼らは団結して親方に対抗するようにもなった。やがて,工場制大工業の発展に伴って徒弟制度それ自身は解体することになる。しかし,技芸の熟練を重んじる職人の伝統はヨーロッパの社会に今日でも残っている。日本ではでっちや手代と呼ばれる一種の徒弟制度が封建的労使関係の残滓として長い間温存されてきた。

 

シンプルに言って、洗練されたカリキュラム研修制度に慣れてきた若手と、徒弟制度に慣れてきた40代の間の争い、と言うことができると思います。

でも、私の感覚だと、私の担当するITインフラ領域や運用領域については、徒弟制度以外に習得はあり得ないという感想です。

 

どうやって若手にわかってもらえるか

冒頭の記事に、こういった記載がありました。

 

そして「指示に何の意味があるのか」と聞くのも、無理もない面があるという。

「黙って上の言うことに従って耐えていれば、右肩上がりに給料の上がる時代ではないからです」

 

私は若手に、こう伝えています。

「この会社ではなくても活躍できるシステムエンジニアになるためには、学習方法としては徒弟制度しかない。それぐらい私のこれまでの経験がたくさんありすぎて、研修のように学習していけば一人前になれるというものではない。都度、知らなければいけないと思うことがあれば、呼ぶ。後ろできちんと見ていてほしい。それは絶対に知る必要のあることであるし、わからなければその場で聴いてほしい。なぜそれが必要なのかはその時にしか説明できないからだ。」

また、こうも言っています。

「あなたが一人前に近づくことで自分の仕事を引き継げる。だから私はあなたを熱心に教える。あなたが自分の仕事ができるようになれば、給料が上がる。お互いWin-Winの関係になる。」

「業務でおぼえるべきことに、カリキュラムはない。順番に覚えるべきものもないし、だからといって覚えなくていいこともない。もし体系的に基礎を学びたいのであれば、業務時間外に、基本情報処理技術者試験の勉強など、独学してほしい。ここは学校ではないので、業務に直接関係ないことは教えられないが、基本がないと学んだことが丸暗記になってしまい応用が利かなくなる。それでは一人前になれない。」

 

言ってることが、下積みマストそのものなのですが、私自身は下積み無くして一人前にはなれないと思っていますので、正直に伝えるようにしています。

一方で、この徒弟制度。LINEやSNSなど対面コミュニケーションを避けてきた人にとっては、苦痛以外の何者でもないかもしれませんね。なお、私も気を遣う性格なので飲み会ですら負担ですから、飲み会で腹を割って話すという方法を取りません。40代の熟練先輩に直接指導を受けるともはや罰ゲームです。

私の工夫としては、徒弟制度の言う「親方-職人-徒弟という身分秩序」の通り、40代と若手の間にもう一名挟み、中堅の教育係を置きその教育係を直接40代が教育しつつ、その教育係から若手を指導してもらうようにしています。怒るときには教育係も若手も一緒に怒るのです。工夫は必要だと思います。親方-中堅、のほうが基礎ができている分生産性が高いですし、中堅-若手のほうが立場が近いのでわかり合いやすいです。そして怒るときに一緒に怒ってやったほうが、怒られる方も負担が小さいと思います。

※怒るのはアンガーマネジメントができていないと、怒られそう(笑)ですが、プロではない仕事には怒るというエモーショナルなツールも必要だと思っています。怒るときに相手の人格を傷つけないようにしなければいけないとは思いますが。

いくらデジタルネイティブな時代、と言っても、エッジは人間です。人間対人間のコミュニケーションにおいて本質を伝えようとするとき、デジタルはときに非生産的です。デジタルに合わせようとせず、本質に沿って若手も私たちも行動すべきだと思います。