Linuxの資格、LPIC
インフラシステムエンジニアの共通言語とも言えるLinuxですが、この技術の習熟度を測るための資格としては長い間LPICという資格がデファクトスタンダードでした。資格手当対象の資格にもなっている会社も多いのではないでしょうか。
LPIC資格試験とは、Linux Professional Institute (LPI) というNPO法人によって運営されている資格試験です。LPIはホームページによればカナダのオンタリオ州に本社を構え、20の支社を世界に構えています。世界的に共通の資格試験を展開していてLPIC資格試験をある国で取得すれば世界で通用するグローバルな資格試験です。
さて、このLPIC資格試験ですが、日本国内において話が怪しくなっているのです。
これまで、LPIC資格試験の日本国内での運営は、LPI-Japanという特定非営利活動法人が行ってきました。LPI-Japanのホームページは下記です。
LPI-Japanは、本家LPIとは独立した団体です。LPI-Japanの理事を見るとその性格がよくわかります。
理事
成井 弦(理事長) ※元日本DEC取締役、元日本SGI副社長
鈴木 敦夫 NECソリューションイノベータ株式会社
高橋 千恵子 日本電気株式会社
鈴木 友峰 株式会社日立製作所
橋本 尚 株式会社日立製作所
福地 正夫 富士通株式会社
中野 正彦 サイバートラスト株式会社
丸茂 晴晃 横河ソリューションサービス株式会社
つまり、国内のSIerが活動を支えているというのが実情です。LPI-JapanはLPIC以外にも多数の資格試験の運営を行っていますので、グローバルに統一したガバナンスを行いたいLPIと、日本のオープンソース資格市場を占有するLPI-Japanがそもそも合致した活動ができるはずがないのです。
仲たがいの時系列を追う
2018年2月
LPI-Japanは新Linux資格、LinuC(リナック)を立ち上げます。
エルピーアイジャパン(LPI-Japan)は2018年2月5日、日本の市場に最適化した新たな「Linux技術者認定試験 LinuC(リナック)」を新設した。同社が国内提供するカナダLPIの「LPIC」認定に代わる民間資格として育てる。同日に申し込みを受け付け、3月1日から試験を始める。
LinuCは、日本のLinux技術者に対するスキルや知識のニーズをLPI-Japan主導で迅速に試験に反映するのが狙い。「Linuxは各国でシェアの高いLinuxディストリビューションが異なるなど、スキルの地域性が高い」(LPI-Japanの成井弦理事長)。LPIC認定業務で生じていた翻訳作業や試験内容への国内ニーズの反映の遅れなどがなくなり、日本市場に最適化できるとする。
そもそもこの時点で、LPI-JapanはLPICを切り離そうという意思が見え見えです。スキルの地域性が高い、という謎見解です。LPICが国ごとにカスタマイズされるのではなく、日本だけで資格を作ってしまうのが合理的には全く思えません。この時点で本家LPICとはすでに修復しがたい意見の相違が生まれていて、LPICとの破談に向けてこの資格を用意したとしか言いようがありません。
2018年6月
LPIが動きます。LPI日本支部を設立することを決定しました。
カナダに本部を置くLPI(Linux Professional Institute)は6月7日、「LPI日本開発計画」として、Linux Professional Institute日本支部の設立を発表した。また、LPICレベル1(LPIC-1)の新バージョン5.0のベータ試験を、7月初旬から提供開始する。
即、LPI-Japanは反応しました。
さて、Linux Professional Institute及びLinux Professional Institute日本支部により、2018年6月7日付けで、日本開発計画(以下「本計画」といいます。)についてのプレスリリースがなされました。しかしながら、LPI-JapanはLinux Professional Institute日本支部とは何らの関係はなく、LPI-Japanは本計画を含むLinux Professional Institute日本支部の活動に何ら関与を行っておりません。上記プレスリリースは、誠に遺憾ながら、「LPIC」の実施、提供およびサービスに関する独占的権利を保有しているLPI-Japanに無断で行われたものでございますが、受験生の皆様には、より良い選択肢をご提供できるように配慮してまいります。
ここで、LPI本社に対して、LPICの実施、提供およびサービスに関する独占的権利を保有していると言い切る、LPI-Japanの強気な姿勢がすがすがしいほどです。
2018年7月
LPI-Japanを支えるNECが、これからはNECグループはLPI-Japanの新資格であるLinuCを応援していくぜ、という宣伝のような記事が出稿されています。
LPI-Japanは業界中立的な団体として、日本国内で長年にわたり、Linuxをはじめとするオープンテクノロジーに関するITプロフェッショナルの育成と技術力の認定試験の普及に当たってきた。そのLPI-Japanが2018年2月、Linux技術者向けの新たな認定試験「LinuC(リナック)」を発表し、3月1日から試験配信を開始した。これに伴って、国内のオープンソース市場に黎明期から携わり、LPI-Japanをスポンサーとして支援しているNECでは、社内の教育制度の一環としてLinuCを採用し、いっそうのエンジニア育成に取り組んでいく方針だ。
NECがLinuxをLPI-Japanを通じて支えてきたのはわかるのですが、なぜLPICではなくLinuCなのか全く書かれていないのが面白いところです。
ただ、冒頭で理事長である成井氏が、
そこでLinuCは、試験漏洩がしにくい仕組みを取り入れることで、試験問題が単純な丸暗記や、漏洩により不正に売買されても意味をなさなくなるようにした。「また、合格率推移の監視や、早期検出・早期対応が可能な体制を持ち、当団体として責任を持って運営できるようにしている。」(同氏)という。
と話しており、LinuCの存在意義は「試験漏洩の防止」に求めようとしていることがこの時点で分かるのは興味深いです。はじめは「スキルの地域性が高い」でしたから。
一方、LPIおよびLPI日本支部側も黙ってはいません。
G.マシュー・ライス氏(以下、ライス):実は、LPI日本支部を立ち上げる準備は1年ほど前からしていました。その要因としては昨年、LPIの細則に変更が加えられたことが挙げられます。そして、新しい規則を適用するにあたって、早く動かなくてはいけない状況に至ったのです。加えられた変更とは、LPIの資格認定者がLPIのボードメンバーになれるようにしたことです。つまり、ボードメンバーを選ぶための投票ができるようになったのです。
(中略)
なぜ、このタイミングで日本支部を立ち上げたかということなのですが、LPI-JapanがLPIの支部となってくれることに関心を持っているならばそれでよかったのです。しかし、相談したところ関心がないことがわかりました。それでは新しい細則を展開するにあたり、自分たちでやるしかない。そうしてLPI日本支部を設立しようという流れになったのです。
ほぼ種明かしですね。LPI自体のガバナンス向上として、LPIC資格取得者がボードメンバーになるビジョンを掲げたが、LPI-Japanは日本ローカルのSIerの支配下にありさっぱり共感しなかったということです。
2018年8月
さて、両者の立場は完全に分断されたまま、本日(8/21)、LPI-Japanより決定的なリリースがありました。
LPIC取り扱い停止に関するお知らせ | LPI-Japan
LPI-Japanでは長期にわたりLinux技術者認定試験として「LPIC」の普及活動を行ってまいりましたが、下記の理由からその取り扱いを基本的には停止することといたしました。
今後のLinux技術者認定試験においては、2018年3月から提供をしておりますLinuC(リナック)をご利用いただけますよう、よろしくお願いいたします。
理由も激しいですね。この文を読むと、LPIC資格試験は漏えいされ放題で金で買えると言わんばかりです(私が言っているわけではなくそう書いてある・・)。
また、8/16にLPIがLPI-Japanとの接続を停止したそうで、LPI担当者側も設定実行の際は何となく心が震えたのではないかと推測します(そんな作業は私もしたことがないですね)。
ここまで来ると、LPI-Japanの法人名もかなり意味が不明というか、LPIじゃないと思います。早急に法人名を変更したほうがいいと思うし、実際するんでしょうね。
なお、LPI-Japanの文書だけを読んでいると、まるでLPICが日本国内において消滅したような印象も受けるのですが、そんなこともなく、
LPI | Linux Professional Institute認定試験 | ピアソンVUE
にて、引き続き継続しています。ただ、日本法人が立ち上がったばかりと言うこともあり、LPICの存在感は日本国内においては風前の灯かなとも思います。
LinuCのほうが大手SIerが宣伝してくれそうですので、LPIが何も手を打たなければLinuCに流れていくだろうと思います(もちろん、LPI-Japanという訳の分からない法人名だけは修正する必要はあろうと思います)。
一方で、外資系にはLinuCって言っても全く通じません。
感想
個人的には、ほとんどの案件においてRed Hat Enterprize LinuxかCentOSしか使わないので、一般的にRed Hat Enterprise Linux 関連資格を勉強したほうが効率がいいのではないかと思いました。
RED HAT | RED HAT トレーニング | 認定資格から探す
ディストリビューションやバージョンでコマンドがこちょこちょ変わるのがLinuxの特徴なので、LPICのような汎用的な試験より、ディストリビューターを追いかけたほうがいいのではないかと思いました。
オープンソースのような誰が権利者かわかりにくいようなものの資格試験というのは、今回のような主導権争いが起こるということを今後頭に入れたほうが良いようです。
イラストでそこそこわかるLPIC1年生 (Linux教科書)