orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

アメリカという国に根ざすプラグマティズムという思想(やわらかい話)

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プラグマティズムというとすごく難しそうな話に思えるかもしれないですが、そんなことはないのでご安心いただきたいと思います。2018年1月20日の政府閉鎖騒ぎを踏まえて書きました。

政経倫理という科目

もう20年以上前の話です。高校の社会科目で、高校2年生になると社会が選択制となり、ほとんどの人が日本史や世界史、地理を取りました。ところが私はひねくれているので、政経・倫理という科目を取りました。政経倫理はセンター試験は受験できますが、二次試験は科目がない大学も多く、授業も5人くらいしか教室にいませんでしたね。

倫理が楽しかった

政経(政治・経済)もなんだか楽しかったのですが、倫理はいい意味でどハマりしました。青春真っ只中で悩みも多かったので、なんだか哲学や思想の話が面白かった。受験勉強そっちのけで、哲学の本を図書館から借りてかなり読んでました。

余談ですが、全国模試で政経倫理が全国で5番、偏差値で79とか訳のわからない結果が出たことがありました。多分倫理は満点で、政経のほうで1問間違えただけだった気がします。それぐらいどハマりしてたんですね。

アメリカという国はプラグマティズムである

倫理という科目は、各国の思想(考え方)を世界の歴史とともに見ていく学問です。ヨーロッパ中心に話が進むのですが、アメリカに話が及んだとき、プラグマティズムという言葉が出てきます。プラグマティズムとは、

行動を人生の中心にすえ,思考,観念,信念は行動を指導すると同時に,逆に行動を通じて改造されるものであるとする。そして行動の最も洗練された典型的な形態を科学の実験に求め,その論理を哲学的諸問題の解決に応用しようとするもの。kotobank.jpより引用

ということらしいです。難しめなので要約すると、「いろいろ考え込んだって、要は行動しないと意味ないよね。で、判断基準もあいまいなヤツじゃなくって、科学的なアプローチで裏を取るべきだよね。その結果をもとにいろいろ考えていけばいいと思うよ。」ってことだと思います。

この雰囲気って、かなり、アメリカ人っぽくないですか?

アメリカ以前の思想、哲学というのは、「人間は考える葦である」のような人間の思考から生まれるものが多かったように思います。人権とか、民主主義とか。高校生の私は、人間中心じゃなくて科学中心って、アメリカってなんか冷たい国なのかなと思ったものです。

今、起こっている政府閉鎖の騒ぎは、まさにアメリカ的

アメリカ政府閉鎖が大きく問題になっています。

アメリカの法律って、「現金主義」が徹底されているらしいです。現金が無ければ仕事するなと。なので予算が決まっていないのであれば、給料も払われません。職員は無給で自宅待機だそうです。

これって、プラグマティズムから来ている行動だなあと思いました。その仕事をやらないと人が困る、という発想ではなく、お金が無ければ人は行動しないという科学的な導きを優先しています。

もっと言えば、役に立つなら抜擢するし、役に立たないなら来週からクビ、みたいなアメリカ的なビジネスの思想も、プラグマティズムだなあと。オバマさんからトランプさんにスパッと変えれるところも、アメリカならでは。

Googleがこんなに巨大企業になったことにしたって、1995年にスタンフォード大学の研究室でたった二人で始めた仕事が元になっています。役に立つんだったら、底が抜けるぐらい投資する国、それがアメリカ。

日本はどうか

日本人がプラグマティズムを持っているかどうかと言えば、持っていると思います。ただ、日本の面白いところは、いろんな外から入ってくる思想を毛嫌いせず取り入れようとするところです。日本のプラグマティズムはアメリカから学んだものであり、日本独自のものではないと思います。

日本は農耕民族で穏やかな気質であること。各地に神様が複数いて思想の多様性が認められること。また、台風や地震など災害が多い中で困難があっても前向きに生きていく国民性。そして、単一民族中心の島国など、日本という国は世界でも特殊な国だと思います。

どんなに強い思想があっても、台風・地震などの天地異変にはかなわないよね、その場その場で考えてみんなで生きていくしかないよね、ということに尽きると思います。

アメリカから「おら開国せい」とペリーが脅しにきても、ペリー上陸記念日とか記念碑とか作っちゃう国なわけです。柔軟性が高い。

ただ、日本のたくましいところは、全部日本流に改変して自分たちのものにしてしまうところです。例えば、外国の言葉は、中国だと中国語に変換するのですが、日本だとカタカナにしてそのまま使ってしまいます。システムエンジニアなんて、英語喋れないのに、プロジェクトリーダーがタスクをアサインする、みたいな喋り方ができてしまう日本。

日本が他国から侵略されないのは、外国人からすると、「日本文化は独自ですげえ」というのもありますし、一方で、「日本は文化的に侵略するの無理ゲーだわ」と思われているところもあると思います。

また、付け加えることとして、単一民族からくる同調圧力は、非常に強いと思います。アメリカは移民の国ですから、みんな違うを前提にしています。日本は、みんな同じを前提にしているところが多いです。したがって、1つに意見が傾くと、全体がそっちに向かってしまいがちなところもあります。

まとめると、アメリカと日本がうまくやっていけているのは、日本の思想がアメリカ的であるからではなく、日本の国民性にあるというわけです。

アメリカは本当にアメリカ

IT業界にいると、それはもう、アメリカの製品を組み立てて成果を上げるという性質上、アメリカを感じずにいられないわけです。アメリカは、ある製品の次のバージョンは、この機能は役に立たないのでもう無くします、とか平気でやってきます。

日本では、顧客の要望がある限り、機能をなくすとかをプロダクト側から言うことは無いですよね。

ただ、アメリカの事情で、とお客さんに話すと、「しょうがないよね」って言ってくれます。

もっと言えば、アメリカのクラウドで障害が起こっても、クラウドだからしょうがないよね、という雰囲気もあります。日本って外圧に弱いというか柔軟だなあ、でも日本人は日本人には厳しいよなあ、と思う今日この頃。

政府閉鎖騒ぎも、軍や管制塔など、必要な機関は閉鎖されていないので、きっと、「どうせちょっとぐらい閉まってても大丈夫だろ」という暗黙の了解で閉まっているんだと思います。

日本だと、「困っている人がいる」「苦情が殺到するかも」みたいなことで、おそらく無給でも仕事するでしょうね。はれのひの件でも、福岡支店は無給で店を回したそうです。

 

アメリカを理解するためにも、このプラグマティズムという思想は、知っておいた方がいいというお話でした。

入門書も出ていますので、お時間あればどうぞ。Kindleでも読めます。