orangeitems’s diary

クラウドではたらくエンジニアの日々の感想です。

自分は何もやらないくせして、人が何かやりだすと邪魔ばっかりする人にはなりたくない

f:id:orangeitems:20180424004245j:plain

 

 最近の私のブログの更新状況は、海賊版対策絡みの記事が7割、セキュリティ関係の記事が3割と言ったところです。自由に書こうと思っている割には、個人がやることだけあって興味・関心のある分野に大きく引っ張られることがわかりました。やってみてわかることとして、興味のある分野ならいくらでも記事を書けるところです。逆に、興味のない分野で文章を書くのは非常に大変です。このあたりでプロとアマチュアの差が出るんだろうと思います。このブログは個人の感想を書くところなので、必要十分なのですが、始まるまではこんな感じになるなんて思っても見ませんでした。そもそも1日に書く記事の数が他と比較しても激しく多いと思います。記事が多いことについて、何かデメリットがあるかと思ったのですが、結局Google検索を私のブログの導線にしているので記事が多ければ多いほど何かのキーワードに引っかかるので、メリットであると思っています。

 一昔前は仮想通貨の記事も量産したのですが、マネックス証券が入ってきたし、一気に大人の世界になってくれるものと期待しています。ちょっとコーポレートガバナンス的に子供、というか、会社ごっこみたいな部分も感じていたので、金融の厳しさが必要な時期だと思いますしそうなっています。金融はオワコンみたいな言われ方をしていますが全くそんなことはなくて、金融のドメインの中でイノベーションを起こせば今後も尊敬される業界であり続けられると思います。全てはお金から始まるのがビジネスですからその源流が華々しくあってほしいと思う次第です。

 さて、海賊版対策の話に戻すと、私が興味・関心を持ち始めたのは今年1月からでした。漫画村がツイッター上でかなりの議論になっていたり、特定の漫画家が意見を述べたりというので、存在を調べてみるとそれはも倫理的にかなりひどいことをやっていました。当時は法的には規制ができないみたいな理論が横行していて、もしかしたら正当性があるのではないかみたいな議題も散見されました。シンプルに考えていいはずないじゃない、という仮説を持って、では何故ダメなのかをいろいろと情報収集し始めたのがこの1月という時期です。

 それから2月になり、じゃあどうすれば漫画をはじめ出版業界が最適化されるかを考えていったのですが、どうも市場構造をみると海賊版サイトがあるからというより、ソーシャルゲームに娯楽としての漫画の立場を一部奪われたようにみえるのです。スマートフォン上のゲームがどんどん進化しているにも関わらず、漫画、特に週刊誌が未だにコンビニや駅の売店の紙媒体での配布スタイルであり、そりゃ手近にいつもあるスマホに負けるのも当然だよなと。漫画村の問題ではないかも、というのがビジネス上の見立てです。一方で、では漫画村は許されるかというと、全くそんなことはなくて、漫画家が作って市場に出したものが自分の許可なく、無料で人目に晒され、かつ消費されていくということを横目に見て、かなりのモチベーションダウンになり、漫画の持つエネルギーが業界全体でどんどんしぼんで行っているんだなということがわかりました。したがって、漫画業界をインターネットの流れに合わせて最適化することと、海賊版サイトの撲滅は一緒にやらなければいけないんだ、とわかりました。一方で、講談社のコミックDAYSというサービスが始まることがわかり、このサービスにかける講談社の中の人の取り組みが上記の危機感と同様であることがわかり、少し嬉しくなった時期でした。このあとコミックDAYSにはプレミアム会員として入会して今も使っています。

 3月に入ると海賊版サイトの空気が変わります。漫画村プロの件です。あまりの運営者の煽り文句に、これは本当に早く対処しないと業界が持たない可能性があると直感しました。せっかく出版社にも変化の兆しが出てきたのにこれでは努力が身を結ぶ前に力尽きるかもしれない。まずは海賊版サイトを閉じないといけない。話はそれからだ。これに反応した業界団体関係者のロビー活動の結果、政府がサイトブロッキングの検討を始めたニュースが入りました。突然話が動き出した背景には、こんな状況があったと認識しています。ただ、サイトブロッキングについては3月は全く動きがない状況が続きました。一方で、このあたりからサイトブロッキングは知る権利の侵害だとか、ブラフであって実際にはやれないだろうというネガティブな報道も少しずつで始めました。最終的には弁護士かいわいで、法的に無理という意見記事が出たのを覚えています。

 そしてご存知の通り4月13日に政府が、3サイトへのサイトブロッキングの依頼をISPに行うという見解を出したのですが、この前々日・前日に、いろいろな団体や個人が、反対表明を出しました。そして13日以降もいろいろな場所で、批判・反対の記事を目にしています。一方で、本日4月24日にNTTグループがサイトブロッキングの実施を決めたリリースを出しています。このリリースに対しても、いろいろな反対意見が渦巻いています。逆に、賛成意見を見つける方が難しいくらいです。

 私は、政府およびNTTグループの取り組みを支持します。サイトブロッキングの流れは、今年3月になって急に決まったように見えますがそうではありません。これまでの長い海賊版サイトと権利者との戦いの結果、止むに止まれず緊急避難的に実施する対策です。政府の行動宣言の結果、名指しされた3サイトはほぼ運用停止状態に追い込まれました。これは広告代理店を追求した手法ばかりが注目を浴びますが、まずは政府がきちんと名指しで宣言したことが大きかったと思います。政府の宣言無しに、広告代理店を追求してものらりくらりかわされたと思いますし、それがこれまでの海賊版サイトとの戦いだったのではないかと思います。一方でサイトブロッキングに対する反対意見は主に今年3月になって、政府が意見表明してからもしくはNTTグループが実施を表明してからです。今、多くの反対意見を出している人たちは、これまで海賊版サイト問題を解決するために何かの行動を起こしていたのでしょうか。憲法上の知る権利や電気通信事業法が、海賊版サイトの横行を阻んでくれたのでしょうか。ある権利を守るために、別の権利が保障されないのは正しい姿なのでしょうか。なぜ、サイトブロッキングという議論になってしまう前に、何かよい解決方法をISPや広告代理店事業者は提示して実行しなかったのでしょうか。そしてその方法すら提示せずに、反対だ反対だとしか言わないのは、これは評価できるのでしょうか。ISPは違法性の高いサイトへのリーチを作り出し、広告代理店事業者は違法性の高いサイト利用者の利用をマネタイズしてきたのです。権利を侵害する環境を作った責任を棚上げして、知る権利や電気通信事業法だけを見て反対し続けるのは、どうにも海賊版で疲弊してきた漫画家のことを考えると強い違和感を感じざるを得ません。

 具体的に言えば、意見を言っているように見えるけれども、終始、おかしい、これはダメ、と、誰かのアクションを否定する内容に終始し、最後は「正しく慎重に議論を進めてほしい」で終わるような反対記事が多すぎるということです。結局何も提案していないので全体として見れば足を引っ張っているだけです。どうすれば海賊版問題を解決できるか何も示していません。法律の専門家も、ITの専門家も、何かを否定するために存在するのではなく、何かを生み出すために存在して欲しいのです。建設的意見を言うことはリスクを伴いますが、だからこそ専門家が必要なのです。

 何か物事を決めようとするときに日本人が集団で集まると、たいていは意見を言わない人が多いと個人的に思っています。それなのに、誰か一人が意見を挙げリードしようとすると陰でコソコソ批判したり、協力しなかったり。もしくは別の意見をいきなり言い出して妨害するような場面を見た経験が、過去数度あります。民族性、と言ってしまえばそこまでですが、私は私の自由の権利として、自分は何もやらないくせして、人が何かやりだすと邪魔ばっかりする人にはなりたくない、と思います。これは人に強制することではなく、私の主義なので、せっかくの私のブログにこの意見を結論として置きたく、この記事を作成しました。

 秋の新法案に向けて、(1)何を持って違法サイトとするかを決める法的議論、(2)違法サイトをどのように規制するかの技術的議論、この2点について、いろいろな意見が発されることを望みます。反対だー反対だー、で海賊版サイトが解決できるんだったらこんなに話がこじれていません。中国と同じだとか、検閲社会、とか捨て台詞のようなコメントがネットがあふれていて大変残念です。建設的な、良い方法を考えましょう。前向きな議論を開始する時です。