orangeitems’s diary

クラウドではたらくエンジニアの日々の感想です。

賞レースの功罪と本当の実力

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賞レースのグランプリが大成しない

面白い記事を見つけました。

www.oricon.co.jp

現在、女優として大成している多くは、必ずしも『全日本国民的美少女コンテスト』を筆頭とした大規模な賞レースでグランプリを受賞しているワケではない。むしろ、次点や特別審査員枠などから這い上がり、現在の地位まで上り詰めている。逆に言えば、グランプリ受賞者の方がブレイクしにくいというジンクスまで付いてしまっているのが現状だ。

 

思ったこと

この記事は芸能界の賞レースについて論じられています。この記事と同様なことが起っていると思うのが、学生のクラシックピアノの世界です。特に日本は小学生以下は活動が盛んで、ピアノの賞レース(コンペと言います)も無数に行われています。ただ、実際、職業としてピアニストになれる人はほんの少しです。あれだけたくさんいたピアノに参加していた子供たちは中学、高校、大学となるにつれ劇的に少なくなっていきます。ピアノを続ける子供がみんな、コンペでグランプリを取ってきたかというと全くそういうことはありません。むしろ、高校、大学になってからのコンペこそ本番で、小学校のころたくさんのコンペで受賞した子供がだんだん上の学年になるにつれ、活躍できなくなり辞めていくという事例もたくさんあります。

記事中には「達成感」が問題という指摘があります。これも1つの要因ではあるのですが、最も危険な兆候なのが、賞を取ることが目的になってしまうということです。小学生また中学生まで言えると思うのですが、大人になったときを見据えて、細かい知識や芸術的な感覚、人格までを伸ばさなければいけない地味な教育内容こそ大事だと思います。若いうちにたくさんの曲に触れるべきですし、それこそ音大出でソルフェージュや楽典などを身につけた先生が基礎的なことを学ばせるべきです。ところが、現実はコンペのための同じ曲を半年間レッスンするなど、コンペに勝つためのピアノレッスンが横行していて、しかも小学生の間はそうしないと勝てないという現実があると感じています。もちろん勝っている人が全てそうとは言いませんが、より本格的なピアノ教室ほど、そのような要素を感じる場面は多かったです。

コンペを勝つために小学校生活においてたくさんの時間をピアノの練習につぎ込み、それで結果が出て中学、高校と進んでいくものの、だんだん結果が出なくなり限界を感じてドロップアウトしていく子供達が非常に多いと思うのです。特に小学生のピアノ課題は、身体的に成長途上なこともあり、(ピアニストとして演奏が必要な楽曲と比べると)簡単な譜面が多いです。そればかりしかも同じ曲ばかりやることで、柔軟性は確実に無くなると思います。それよりは、クラシックピアノに限らずたくさんの音楽や、それ以外の芸術に触れ、審美眼を磨くことこそ小学生の間には必要な要素で、成長するに従いこれらが徐々に役に立っていくのではないかと常々考えてきました。

また、小、中学生の時期に「コンペに落ちるから自分は才能がない」と感じてやめてしまうケースもあるでしょう。コンペが目的になるとそのような悪影響もあります。小中学校のコンペ自身は目的ではなく、練習のためのモチベーションにしか過ぎません。コンペに落ちても落ちても勉強を積み重ね地道に実力をつけて、最終的に高校以降で大きなコンペで勝てる人もいます。高校以降はまさに曲の難易度がますます増し、たくさんの音楽的知識や演奏する人の芸術的な審美眼など、本当の音楽的実力や人格的な成長が必要となってきます。単に弾ききるだけなら、Apple MusicやSpotifyなどで演奏を検索して再生ボタンを押せばすぐに流れてくる時代です。弾き手の個性をもって演奏に臨まなければ、コピーやクローンでは全く意味がありません。

結果として、コンペに勝ったから活躍が保証されるわけではなく、コンペをうまく自分の成長へのモチベーション向上に利用し、自分の才能を信じて日々努力し実力値を上げた人が、最終的に活躍できるというのが、私の意見です。

 

賞レースというのは、自分のテリトリーであるIT業界に置き換えてみると、情報処理関連の資格試験に似ています。これもさまざまありますが、資格試験に合格したところで仕事が本当にできる保証は全くありません。ただ、資格試験の勉強をモチベーションに知識を増やし実力を上げ、ビジネス上の売上や利益に貢献する例はたくさんあります。一方で資格は持っているけれども業務では輝けない人もいます。このように、資格を取ろうが取るまいが実力がある人は勝ちます。実力が目的で資格は手段です。これが資格が目的となったときに、活躍できないということにつながります。資格を取ったから仕事に関して勉強しなくなるとか、実力を上げるのを怠けるなどが起こると、芸能界やピアノの世界と同じことが起きるのかもしれませんね。

 

賞レースは決して悪ではなく挑戦することは善だとは思うのですが、勝つことは目的では決してありません。もし結果が出なくても、自分の才能を信じる限り勉強を続け、最終的なビジョンを達成できればいいと思います。この信じることの根底を賞レースに勝つことに置くことで、成長を阻害してしまうんだろうなあ、と思いました。