orangeitems’s diary

クラウドではたらくエンジニアの日々の感想です。

秋葉原は心の中にある

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1999年の秋葉原

懐かしい写真を見た。

akiba-pc.watch.impress.co.jp

ちょっと秋葉原のことについて語って見たい。

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25年前

私がはじめて上京したのは、25年前。1993年の11月ごろに、推薦の試験を受けにきたときだった。飛行機で到着し、初めに向かったのは秋葉原だった。

次の日受験、というのに、私は秋葉原に4時間くらいいたと思う。何もかもまぶしかった。当時はPC/AT互換機というパソコンが王者のPC-9800シリーズをじわじわ追い詰めているころだった。パソコンが元気な時代だった。Windows95すら出ていない時代。

パソコン1台、20万以上は必ずしたし、高校生にとっては高嶺の花。各社が個性的な機械を店頭に並べていた。そして当時の秋葉原は家電を売りつつも、パソコンこそ主役だったように思う。

このように、動画があるのだからインターネットは今日も興味深い。私にとっての東京とは、秋葉原である。今でもあの秋葉原が東京の原風景だ。

今はもうあの秋葉原はない

今でも、たまに秋葉原に足を運ぶ。本当に時間が経ち過ぎた。パソコンはもう主役ではない。繰り返す。パソコンはもう主役ではない。

ひところ前までは、アニメが主役になりかけた。あとは、メイド喫茶とか、コスプレとかゲームとか。ただ、産業としては市場が弱すぎる。パソコンが一台30万、これが飛ぶように売れていた時代もあったのだ。自作パソコン、PentiumだCeleonだと動作周波数がちょっと上がっただけで、みんな福沢諭吉券を納めていた。それと比べると、あの巨大な街を潤すには、局地戦にならざるを得ない。

主役のない秋葉原で、パソコン屋の残党、スマホ屋、ニッチな機器を集めて売るお店、と、アニメ、同人、コスプレ、アイドル。完全に街は二分され、カオス状態だ。ただ、強さがない。パソコン一強の時代が1995年〜2005年近くまであったとするとこれが平安時代。そこから室町時代となり今や戦国時代。野は荒れ果てて、下克上が起こる。そんな街秋葉原。

きっと何かが現れる、いや現れさせる

あの心地の良い街秋葉原を、どうにか復興させないといけない思う。元気がないとそのうち、UDXみたいなオフィスビルばっかりになって、つまらない場所になる。

皆の心にある秋葉原を結集する必要がある。

まずは、パソコンの延長上にある、何らかの機器が必要に違いない。パソコンは進化して進化して進化して、なぜだが秋葉原に行ってまで買うものではなくなったようだ。電話はもはやパソコンの域に来ている。自作するよりMacBookを使った方が心地よいし要は足る。やっぱり、秋葉原の必然性が薄れている。

渋谷に、だんだんIT企業が集まりつつあるらしい。Googleもそう。一方、秋葉原には、また先端技術を消費者に売る企業が集結してほしい。

消費者向けの30万くらいする謎の機械をまた登場させてほしい。そして、パソコン系のお店が復活してほしい。Nextパソコンが、スマホだとしたらそれは悲しすぎる。もう薄くしたり軽くしたり、マルチコアにしたり大容量にするしかなくなってるパソコンが悲しい。

 

街というものは、人のイメージが具現化した結果なので、まだ私のような「心の中の秋葉原」を持つ人が多い今だったら間に合うと思う。

あの素敵な空間を、もう一度。

 

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