orangeitems’s diary

クラウドではたらくエンジニアの日々の感想です。

インターネットを想い起こせば

思い起こせば

インターネットには草創期のころからいます。

Windows95というOSが日本で発売されたのが、1995年11月23日。私は当時大学生だったが、秋葉原がお祭り騒ぎになったのがニュースになったのをおぼえています。

当時はまだパソコンは家庭に一台とかではなく、まだまだ高級なオモチャでした。コンピュータ好きの私は、借金してIBMのPS/V Visionをツクモ電気から買っていました。

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ただ、このパソコンのOSはWindows3.1だったし、メモリも8MBしかありませんでした。8GBではなく、8MBです。ペイントブラシを開くとメモリ不足で落ちるという思い出。よく売ったなIBM。

話は戻って、

Windows95がリリースされて、やはり新しいもの好きの私は無理してWindows95アップグレードパッケージ、そしてMicrosoft Plus!というアドオンを買いました。多分増設メモリも買ったと思います(8MBを16MBに)。そして頑張ってインストールしたわけ。なんだか私がインフラエンジニアである片鱗がこの辺りにあるな、変わってないなあ自分。そういえば、アップグレードパッケージはWindows 3.1のメディアがないとインストールできない代物で、ハマった記憶があります。

Windows95がインストールできたものの、もちろんそのころはインターネットはありません。MSNというマイクロソフトのパソコン通信があって、MSNクライアントがOSに付属していました。どうもこれを使って、パソコン通信というネットワークに繋ぐと何か楽しいらしいという情報を、パソコン雑誌から知り得たのでした(当時はスマホも携帯電話もないよ!)。

モデム

で、MSNにつなぐためには、モデムとかいうのが必要らしい。というので、次はモデムを買いました。で、一人暮らしの家の電話(アナログ回線)と、モデムをつなぐ。またモデムと電話をつなぐ、という工事を自分でやりました。その上で、モデムについていたドライバというソフトをパソコンにインストールして完成です。

ちなみに、パソコン通信やっている間は回線を占有しますから、電話が着信できない。当時一人暮らしだった私がパソコン通信をやっている間は外部と連絡不通。メールとかLINEとかもちろんありませんので、オンラインになるためには外部と関係を断絶しなければならないという刺激的な状況でした。

しかも、モデムのスピードは、14400bpsで、これって14.4Kです。スマホの回線使用量が3GBだか5GBだか超えたら、回線速度が128Kbpsに落ちるとかいう今の状況から考えると隔世の感があります。とにかく、全てがテキスト前提でしたね。

あと、今のようにネットワークにつながりっぱなしではなくて、パソコンの電源をオンにして、OSが起動して、そしてOSからモデムを接続状態にしてモデムがアクセスポイント(これが全国にありました・・、東京なら03-XXXX-YYYYとか)に電話をかけ、ピーポロピーポロというモデムの音を聴きつつやっと接続された状態になる代物でした。

高額な料金

しかも料金が、NTTには3分10円払わないといけないし、パソコン通信側にもお金を払わないといけない。MSNとかNIFTYとか、1分20円くらい取ってました。だから1時間つなぐと、NTTに200円。パソコン通信には1200円!。今考えるとアホみたいな商売ですね。

MSN

ただ、ここで面白い話があって、MSNの課金が月に3万くらいいって、うわーどうしようと思ってたのに全然請求が来ないんです。そして溜まる未請求額。で、最終的にどうなったかというと、(サービスインから一年後くらいに)結局マイクロソフトが請求をあきらめるという今では考えられない決着。ただ、同時にMSN(パソコン通信)自体も一緒にやめちゃうという斜め上の決着。波乱万丈の時代を生きられた私は幸せだったのかもしれません。請求周りが日本ではまだまだインフラが整ってなかったんでしょうね。

なお、このMSNというパソコン通信のサービスですが、掲示板機能とチャット機能がありました。掲示板は2ちゃんねるみたいな感じでした。チャットはLINEのグループチャットみたいな雰囲気です。今はslackとかchatworkとかbacklogとかいろいろありますけど、原型はこんなところにあったわけです。Youtubeにも動画がないくらいの情報ですので、知る人ぞ知る、と思いますが・・。

インターネット

で、1996年の後半ぐらいだったか、どうも次はインターネットだぞ、という雰囲気になってきました。雑誌の付録に、ネットスケープというWEBブラウザの「体験版」と、インターネットプロバイダ接続ソフトウェアが、CD-ROMに付いてくるようになりました。で、私も新しいもの好きなので、それをPS/V Visionにインストールしてみるわけです。プロバイダはDTIを選んだ記憶があります。まだDTIは細々と生き残ってるんですね、すばらしい。また、WEBブラウザが「体験版」と言うのはネタではなく3000円する有償のソフトウェアだったのです。ヨドバシにも売ってました。体験版は一週間ぐらいで使えなっくなったっけ・・。ただ、マイクロソフトがInternet Explorerをタダで配りだして一気にネットスケープは誰も使わなくなったなあ。

1996年のインターネットに接続していた人って、実は少数派だと思うのですが、つないでも接続する先がない状況でした。だってgoogleはなかった。Yahooもこの年の4月に始まったばかりで、しかも今のロボット検索ではなく、人力でサイトのURLを登録する作りでした。自分でホームページを持ったらね、それをYahooにお願いして登録してもらうのですが、適当なページだと断れれちゃったりして、そういうドラマが昔はありましたね。で、インターネットにつなげた後何するかというと、なんと、雑誌のインターネットサイト100選、みたいな記事を見て、ポチポチURLを打ち込んでいました。

当時は、雑誌が、情報を入手する唯一の手段でしたから、昔の本屋は楽しかった。1日新宿の紀伊国屋書店とかに入り浸ってたりしました。

テレホーダイ

パソコン通信にしろ、インターネットにしろ、とりあえずネットワークにつなぐことでパソコンが相当面白い機械になることがわかってきたので、どうにか通信費を削減できないかということで、NTTがテレホーダイというサービスを出してきました。23時から8時までインターネット使い放題というサービス。テレホタイムという言葉を知っている人がどれだけいるかわかりませんが、22時50分くらいからアクセスポイントが毎日つながりにくくなりました。2001年くらいにフレッツやADSLがリリースされ、常時通信ができるようになるまでは、こういう文化だったことを忘れてはいけないと思います。

1996年のアナログ回線から2001年のフレッツやADSLに至るまでで忘れていけないのは、ISDNの存在です。私もISDN回線を1997年くらいに契約した記憶があります。ISDN回線はもうすぐなくなるらしいのですが、ISDNの何がいいって、1つ引き込めば、2回線分使えることでした。パソコン通信していても、電話ができるのです!。何言ってるんだろうこの人という感じですかね・・。テレホーダイで繋ぎっぱなしにすると、誰とも電話できないのは一人暮らしには痛かった。その上で、通信スピードも64Kbpsまで上がりました。末期には、64Kbps x 2回線で、128Kbpsというスピードが出る変なモデムもありましたし、買ったなあ・・。なお、ISDN回線を引き込んでくれた工事の業者が忘れて言った、業務用プラスドライバーが、まだ私の自宅にあります(笑)。

今や

今や、家は光回線で常時接続され無線LANにより広帯域で様々な機器とつながり、携帯電話もWEBブラウザを持ちアプリケーションがネイティブにインターネットにつながり、来るところまで来た感はありますが、一方で草創期の記憶も残しておかねばならぬと、年初に思い起こした次第です。

インターネットには、あらゆる情報がありそうですが、意外と2000年以前の情報が欠落していると思います。ここに、そっと置いておこうと思います。